横田建設再生の記録第11話 「増やすか、崩れるか」



第11話「増やすか、崩れるか」
7ヶ月目。
現場は、一見すると完成に近づいていた。
作業は安定している。
無駄も減った。
指示も簡潔になった。


そして青年は、いつの間にか「戦力」として数えられるようになっていた。


第10話では、契約更新という一つの壁を越えた。


「残す」と会社に判断された。
だが――。
それはゴールではなかった。
むしろ、ここからだった。
会社には、次の問題が待っていた。


――増やすか。
――このまま守るか。


朝。
事務所。
経営者が資料を見ていた。
売上は横ばい。
利益率は改善している。
「悪くない」
だが、その一言には続きがあった。
「ただ、伸びてない」
責任者が頷く。


「今の人数だと、これが限界です」
現場は安定している。
だが、安定には「天井」がある。
今の人数でできる仕事には限界がある。
もっと仕事を受けるなら、人が必要になる。
経営者は、しばらく資料を見つめていた。
そして、短く言った。


「人、入れるか」
責任者が顔を上げる。
「はい」
「外国人、追加で二人」


今度は、前とは違った。
一人を採用するのではない。
二人を同時に受け入れる。
責任者がすぐに聞いた。
「手続き、間に合いますか?」
「急がせる」
短い会話だった。


だが――。
ここからが、本当の負担だった。


――数日後。
事務所の机には、書類が広がっていた。
在留関係の手続き。
雇用契約。
支援計画。
生活指導。
住居の準備。
一つ一つが細かい。
「ここ、書き方が違います」
紹介会社から書類が戻ってくる。
「この内容だと弱いです」
修正。
再提出。
そして、また修正。
「……何回目だ」
責任者が呟く。


時間が削られていく。
だが、その間も現場は止まらない。
経営者が言った。
「これ、金も時間も食うな」
「はい」
「でも、やらないと増えないです」
その通りだった。
人を増やすということは、単純に人件費だけが増えるという話ではない。
採用。


手続き。
住居。
生活面の支援。
教育。


そして、現場で仕事を覚えるまでの時間。
一人増やせば、それだけ会社側の仕事も増える。


今回は、それが二人だった。
さらに――。
「紹介手数料、二人分です」
数字が重くのしかかる。
「寮も必要です」
「家具も、生活用品も」
一人ではない。
二人。
一気に負担が跳ね上がる。
経営者の頭の中で、数字が動く。
(回収できるのか)
短期で見れば、明らかにマイナスだった。
それでも――。
「行くしかないな」
それが経営判断だった。


――数週間後。
ようやく配属の日が来た。
現場に、新しい外国人材が二人入った。
空気が変わる。
「人が増えた」
普通なら、そう思う。
だが、現実は違った。
増えたのではない。
――重くなった。


朝。
九郎が言った。
「今日から二人増える」
淡々とした口調だった。
だが、九郎の視線は青年に向いていた。


「一人、任せる」
青年は一瞬だけ戸惑った。
だが、
「……はい」
と答えた。
もう、逃げ場はない。


第10話で「任される側」になった青年にとって、今度は――。
「教える側」になる番だった。


――午前。
作業開始。
すぐに違和感が出た。
「これ、ここに」
青年が指示する。

新人は頷いた。
「オーケー」
だが、違う場所に置いた。
「違う。そこじゃない」
青年が言い直す。


今度は動きが止まった。
理解していない。
言葉は通じているようで、通じていない。


――別の場面。
「これ終わったら、次こっち」
新人は、
「はい」
と答えた。


だが、作業が終わっても来ない。
別の作業を始めている。
「何でそっちやってる?」
青年が聞く。
「……?」
伝わらない。


「順番」が共有できていなかった。
現場が、少しずつズレていく。
指示が増える。
確認が増える。
やり直しが増える。


そして――。
作業が遅れる。
ベテランが、ぽつりと呟いた。
「増えた分、遅くなってるな」
誰も否定できなかった。


――昼前。
さらにトラブルが起きた。
資材の数が合わない。
原因は単純だった。
新人が数を間違えていた。


だが、本人は気づいていない。
「足りねぇ」
青年が言う。
新人は、
「ダイジョブ」
と答える。
「ダイジョブじゃねぇよ」


青年の声が少し強くなった。
そこへ青年自身が入る。
「これ、数」
指で示す。


一つずつ数えさせる。
ようやく理解した。
「あ……ソーリー」


新人が謝る。
だが、問題はそこではなかった。
ミスを責めても仕方がない。
「最初から、まだできない」
その前提で現場を組まなければならない。

――昼休み。
空気が重かった。
青年が言った。
「自分でやった方が早いです」
九郎は即答した。
「当たり前だ


青年は黙る。
「教えるってのは、遅くすることだ」
青年が顔を上げる。
九郎は続けた。
「でも、それやらねぇと増えねぇ」
青年は視線を落とした。
頭では分かっている。


だが、現場は待ってくれない。
自分でやれば早い。
教えれば遅い。
その矛盾を抱えたまま、仕事を進めなければならない。


――午後。
さらに現場が崩れかけた。
新人のミスをカバーしようとして、全体が歪んでいく。
青年も焦っていた。
「それ違う!」
「先、こっち!」
声が強くなる。
新人は固まった。
動きが止まる。
また、悪循環。
――その時。


九郎が止めた。
「一回、止めろ」
現場が静まった。
「順番、整理するぞ」
九郎は配置を変えた。
役割を切り分ける。
「お前は、これだけやれ」
新人に言う。
「それ以外、やるな」

そして青年に向かって言った。
「全部見ようとすんな」
青年が九郎を見る。
「一段ずつだ」


――再開。
完璧ではない。
だが、少しずつ「崩れない形」になっていった。


青年は気づいた。
(回すって、全部やることじゃない)
自分一人で全部やることではない。
人を使う。
役割を分ける。
できることから任せる。
そして、少しずつ範囲を広げる。
それが「人を増やす」ということだった。

――夕方。
作業終了。
予定より遅れた。
ミスも増えた。
数字に出るレベルだった。

――その夜。
事務所。
経営者への報告。
「どうだ?」
「効率、落ちています」
「どのくらいだ?」
「2~3割です」
経営者は静かに聞いた。
「売上は?」
「今月は下がります」
短期的な答えは明確だった。
――マイナス。

事務所に沈黙が流れた。
(ここで戻すか)
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
だが――。
「続ける」
経営者は決断した。


「今やめたら、ここまでやったことが全部無駄になる」
短期的には効率が落ちる。
コストも増える。


それでも、人を育てなければ次の段階には進めない。
投資は、回収して初めて意味がある。


――帰り道。
青年が言った。
「前より、難しいです」
「ああ」
「でも……」
少し間を置く。
「やらないと、先ないですよね」
九郎は青年を見る。
「ああ」
「今、分かりました」
青年は小さく息を吐いた。
「増やすって、簡単じゃないですね」
九郎は短く返した。
「簡単だったら、誰でもやってる」
青年は黙って歩いた。
しばらくして、また口を開く。
「言葉も、通じないし」
「当たり前だ」
「でも……」
青年が少し笑った。
「通じた時、ちょっと嬉しいです」
九郎は何も言わなかった。
だが、心の中では思っていた。
(次の段階に入ったな)


――7ヶ月。
人を増やす。
それは、ただ人数を増やすことではなかった。
手続きの重さ。
コストの増加。
教育にかかる時間。
現場の効率低下。
そして――。
言葉の壁。
文化の違い。
伝わらないことへのストレス。
そのすべてを抱えながら、現場を回さなければならない。


人が増えれば、すぐに会社が強くなる。
そんな単純な話ではない。
むしろ最初は――。
弱くなる。
遅くなる。
金もかかる。
それでも、その先にしかないものがある。

「広げる力」だ。
そしてもう一つ。
「任せる側になる覚悟」。


第10話で、青年は会社から「残す」と判断された。


第11話では、その青年が今度は新人を教える側に立った。
任される側から――。
任せる側へ。
だが、人を育てるということは、自分ができることとは違う。

「自分でやれば早い」
その誘惑と戦わなければならない。
青年は、そのことを初めて知った。
そして――。
これは、まだ始まりだった。
人が増えれば、問題も増える。
だが、問題を乗り越えなければ、会社は大きくならない。

次に待っているのは――。
「人を増やした会社が、本当に利益を増やせるのか」
その答えを出すには、もう少し時間が必要だった。

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