外国人がいる風景

私が若い頃
日本の職場では、日本人だけで働いている光景が当たり前だった。

しかし近年、その風景はガラリと変わった。

朝のコンビニに入ると、レジの向こうから流暢な日本語で「いらっしゃいませ」と声をかけてくれる店員の名札には、ベトナムやネパールの名前が書かれている。

昼時の飲食店では、厨房から中国語やタガログ語が聞こえてくる。

建設現場では、日本人の職長の指示を受けながら、東南アジア出身の若者たちがヘルメット姿で作業を進めている。

地方の工場では、ラインの前に並ぶ作業員の国籍も多様になった。休憩時間になると、さまざまな言語が飛び交い、スマートフォンの画面には家族とのビデオ通話が映る。

彼らの多くは、日本で働きながら仕送りをし、技術や経験を母国へ持ち帰ることを夢見ている。

街を歩けば、日本語学校へ向かう留学生の姿、

介護施設で高齢者の手を取る外国人スタッフ、

外国人労働者はもはや特別な存在ではない。

15年前の東日本大震災の時
原発の爆発によって多くの外国人が一気に 母国に逃げた。

首都圏のコンビニをはじめとした外国人労働に頼る ビジネスがかなりの部分麻痺したことが記憶に新しい。

もうそれは15年前のことである。

現在、日本社会のあらゆる場所で、彼らは日常の風景の一部となっている。

少子高齢化が進む日本にとって、外国人労働者は単なる「労働力」ではない。
日本人と肩を並べて働き、地域で生活している。

この流れは反対を唱える人がいくら叫んでも変わることはない。

政府は一定の規制を加えながらも 外国人労働者をいかに これから日本に迎えていくか その方向でさらに工夫をしようとしている。

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