横田建設 再生の記録 第2話「踏み出せない理由」


横田建設 再生の記録 第2話「踏み出せない理由」

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横田九郎は、その日も事務所で一人、パソコンの画面を見つめていた。


画面には、
「外国人 建設業 雇用」
「特定技能 受け入れ」
といった検索結果が並んでいる。
マウスは握っている。


だが、クリックできない。
「本当に大丈夫なのか……」
誰に聞くでもなく、ぽつりと呟いた。
きっかけは、あの一言だった。


取引先の社長が軽く言った。
「外国人、使ってみたらどうだ」
最初は、冗談半分だと思っていた。
だが、その言葉が頭から離れなかった。


現場の現実は、日に日に厳しくなっている。
朝の段取りで、まず考えるのは、
「誰をどこに回すか」
ではない。
「どこを諦めるか」
だ。
本来なら三人必要な現場に、二人しか出せない。
無理をさせれば、事故につながる。


だから断る。
断れば、次は仕事が来ないかもしれない。
「人さえいれば……」
何度もそう思った。
だが、日本人は来ない。
給料を上げればいいのか。
休みを増やせばいいのか。
求人の書き方を変えればいいのか。
一通り、やれることはやったつもりだった。
それでも、来ない。
来ても、続かない。


九郎は一度、大きく息を吐き、椅子の背にもたれた。
天井のシミが、やけにくっきり見える。
「外国人か……」
改めて、その言葉を口に出す。


するとすぐに、頭の中に不安が広がった。
言葉の問題。
安全管理。
文化の違い。
宗教。
失踪のリスク。


ネットには、良い話と同じくらい、悪い話も転がっている。
「失踪された」
「トラブルになった」
「結局、日本人の方がよかった」
そんな記事を読むたびに、マウスを持つ手が止まる。


だが一方で、現実に外国人を受け入れている会社があるのも事実だった。
同業の知り合いの中にも、すでに導入している会社がある。


「普通に戦力になってるよ」
「真面目だし、日本人より続くぞ」
そんな話も耳には入っていた。
どちらが本当なのか。
いや、おそらく、どちらも本当なのだろう。

結局は――
使う側次第。
そこまで考えて、九郎は眉をしかめた。
「じゃあ、自分にできるのか?」
その問いが、一番重かった。


単に雇うだけではない。
生活のサポート。
手続き。
現場でのフォロー。
今でさえ余裕がないのに、そこまで手が回るのか。
もし中途半端にやって、彼らに嫌な思いをさせたらどうなる。
会社の評判にも関わる。
それに――
九郎は少し考えてから、苦笑した。
「正直、怖いんだよな」


誰もいない事務所で、自分の本音を認める。
未知のものに対する恐怖。
今までやったことがないことをやる恐怖。
失敗するかもしれない恐怖。


だが、それ以上に――
「このまま何も変えられないかもしれない」
その恐怖の方が、じわじわと大きくなっていた。


机の上には、断った案件のメモが置かれている。
本来なら、取れていた仕事だ。
売上にすれば、いくらになるかも分かる。
その紙を見つめながら、九郎は思った。
この状態が、あと一年続いたらどうなる。
三年続いたら。
会社は、持つのか。


ベテランたちも、いつまでも現場に立てるわけではない。


「時間がないな……」
自然と、そんな言葉が口をついた。
九郎は再びパソコンに向き直った。
検索結果の中に、


「特定技能 受け入れ 流れ」
というページがあった。
今度は、クリックした。


制度の説明が、ずらりと並んでいる。
在留資格。
支援計画。
受け入れ企業の義務。
専門用語が多く、正直、分かりにくい。
それでも、読み進めた。
途中で何度もスクロールを止め、考え込む。
「こんなにやることあるのか……」
思わず苦笑が漏れる。


だが同時に、
「仕組みとしては、ちゃんとしている」
とも感じた。
丸投げではない。
ルールがある。
逆に言えば、そのルールを守ればいい。
そう考えると、少しだけ気持ちが楽になった。


ふと、ある言葉が目に入った。
登録支援機関。
受け入れ企業に代わって、外国人の支援を行う存在。
生活サポート。
日本語支援。
行政手続き。
「こういうのがあるのか……」
九郎は小さく頷いた。
全部を自分でやるわけではない。
任せられる部分もある。


それなら――
そこまで考えたところで、手が止まった。
画面の端に、小さく、
「お問い合わせはこちら」
と書かれている。


電話番号と、問い合わせフォーム。
ほんの数秒、その表示を見つめる。
たったそれだけのことなのに、妙に遠く感じる。


ここを押せば、もう後戻りはできない気がした。


本当に始まってしまう。
九郎はマウスから手を離し、腕を組んだ。
静かな事務所。


外では、車の音が遠くに聞こえる。
しばらくの間、何もせずに座っていた。
そして、ゆっくりと前かがみになる。
もう一度、画面を見る。


「やるか、やらないかじゃないな」
小さく呟く。
「やるしかないかどうか、だ」
その答えは、すでに出ていた。
だが――
まだ、指は動かない。
あと一歩。


本当に、あと一歩のところで。
九郎は、まだ止まっていた。

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