横田建設・再生の道第3話 横田建設再生の道 最初の一歩


横田建設・再生の道

九郎は、画面の「お問い合わせはこちら」をもう一度見つめた。

指先が、ほんのわずかに動く。
「……今か?」
誰に確認するわけでもない。


だが、胸の奥では何かがせめぎ合っていた。
やれば、変わるかもしれない。


だが、やれば、もう戻れないかもしれない。
数秒――いや、体感ではもっと長い時間が過ぎた。


九郎は意を決したように、マウスを握り直した。


そして、クリックした。
画面が切り替わり、問い合わせフォームが現れる。


会社名、担当者名、電話番号、メールアドレス。


一つ一つ入力していく指は、思っていたよりも冷静だった。
最後に「送信」ボタンの前で、一瞬だけ止まる。


だが、今度は迷わなかった。
クリック。
「……送ったな」
小さく息を吐く。
「やってしまった」という感覚と、「ようやく動いた」という感覚が、同時に押し寄せてきた。


その日の午後。
知らない番号から電話がかかってきた。
一瞬、ためらう。


だが、すぐに出た。
「はい、横田です」
『先ほどお問い合わせいただいた件でお電話しました。〇〇支援機関の△△と申します』
思ったよりも落ち着いた、丁寧な声だった。
営業特有の押しの強さもない。


「……あ、はい。よろしくお願いします」
最初はぎこちなかった会話も、相手の質問に答えるうちに、少しずつほぐれていった。


『現在の従業員数は、どれくらいですか?』
『人手不足は、どの工程で一番深刻ですか?』


『外国人の受け入れは初めてですか?』
九郎は、正直に答えた。


取り繕っても意味がないと思ったからだ。
「正直、かなり足りてないです。三人必要なところを、二人で回している感じで……」


「外国人は、まったく初めてです。不安の方が大きいですね」


すると相手は、少し間を置いてから言った。
『皆さん、最初はそうおっしゃいます』
その一言で、九郎の肩の力が少し抜けた。
そこから先は、具体的な説明だった。


特定技能の仕組み。
受け入れ企業の義務。
支援機関が代行できる範囲。
生活サポート、空港送迎、住居の手配、日本語のフォロー。


想像していたよりも「やること」は多かった。
しかし同時に、「任せられる部分」もはっきりしていた。


「全部、自分でやるわけじゃないんですね」
思わず漏れた言葉に、相手は少し笑って答えた。


『はい。もちろん会社様にお願いする部分もありますが、丸抱えにはなりません』


その言葉は、九郎にとって大きかった。
だが――
「失踪とか、トラブルって、実際どうなんですか?」
一番気になっていたことを、あえてぶつけた。


電話の向こうで、少しだけ空気が変わる。
だが、相手は逃げなかった。
『ゼロではありません。ただ、受け入れ体制によって、かなり変わります』
『放置する会社ほど、問題が起きやすいです』
『逆に、きちんと関わる会社は、長く続く傾向があります』


綺麗事ではない。
現実の話だった。
だからこそ、九郎には腑に落ちた。
「結局、使う側次第……か」


思わず口にすると、
『まさに、その通りです』
とはっきり返ってきた。


電話を切ったあと、九郎はしばらく動かなかった。
情報は手に入った。
道筋も、なんとなく見えてきた。
だが同時に、「覚悟」が必要なこともはっきりした。


「やるなら、中途半端は無理だな……」
机の上のメモを見る。
断った案件の山。
そして、さっきの電話の内容が頭の中で重なる。


数日後。
九郎は、もう一度その支援機関に電話をかけた。


「具体的に進めたいんですが……」
そう言いながら、自分でも少し驚いた。
もう「検討」ではない。
「前進」だった。
そこからは、一気に現実が動き始めた。
必要書類のリストが送られてくる。
会社の登記簿。
決算書。
雇用契約書の雛形。
見慣れない書類の数々。
「こんなにあるのかよ……」
思わず苦笑する。
だが、やるしかない。
昼は現場の段取り。
夜は書類作成。
分からないところは、メールと電話で確認する。


何度も修正が入った。
そのたびに、
「向いてないんじゃないか……」
そんな声が頭をよぎる。
それでも、止めなかった。


そして――
『候補者がいます。一度、オンラインで面談してみませんか?』
その連絡が来たとき、九郎の心臓が少し跳ねた。
ついに、ここまで来た。


面談当日。
パソコンの前に座る九郎の手は、わずかに汗ばんでいた。


画面がつながる。
そこには、少し緊張した面持ちの若い外国人の姿があった。


画面越しに、ぎこちなく頭を下げる。
『よろしくお願いします』
少したどたどしい日本語だった。


だが、その目はまっすぐだった。
九郎も、ゆっくりと頭を下げる。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」

その瞬間だった。
「外国人を雇うかどうか」という話ではなくなった。
「この人と一緒に働くかどうか」
という、現実の選択に変わった。
九郎は、質問をしながら思う。
怖さは、消えていない。
不安も、まだある。
だが――
「もう、戻るつもりはないな」
気づけば、そう思っていた。
踏み出せなかった一歩は、いつの間にか、次の一歩に変わっていた。

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